2012年01月28日

スラブ舞曲第10番・第1番

たまには名曲は如何?
ドゥボルザーク作曲:スラブ舞曲 第10番ホ短調 ・第1番 ハ長調
 Vn:イツァークパールマン Vc:ヨーヨーマ 指揮:小澤征爾

こんな贅沢な組み合わせの演奏会を札幌では無理だろうな〜。
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2011年12月27日

東京電力福島原子力​発電所、事故調査・中間報告

2012.01.25追記
事故調査委員会 委員長は畑村洋太郎氏(東大名誉教授)は「失敗学」の権威として高名な研究者だそうである。
委員の構成を見ると、原子力技術に関する委員が一人も入っていない。
今回の事故原因は「津波」によって全電源が喪失したことが大前提となって検討が進められたとも見られる報告になっている。

12月26日 夕刻、タイトル表記の委員会より「中間報告」が具申されました。
その委員会の様子が「ニコニコ動画」(プレミア会員のみ視聴可能)が公開されております。
http://live.nicovideo.jp/watch/lv75148516
尚、その報告書の詳細は、委員会の公式ホームページでも公開されておりますが、総数700頁を超しますので正月休みにでもジックリ読んでみようと思います。
http://icanps.go.jp/post-1.html
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2011年11月25日

今、福島では…、

下記の文は、私が親しくして戴いている下記の方からのメールに添えられたものです。
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《エコ作業手袋「よみがえり」、全道に販売中!》
<環境管理システム>エコアクション21認証取得
〒003-0849 札幌市白石区北郷2357番地
(有)ひがしリサイクルサービス
代表取締役 東 龍夫
電話011-873-7770/ファックス011-873-7772
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ご一読下さい。
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 今年の夏、約100名の親子がサマーキャンプで札幌にやって来た福島県二本松市同朋幼稚園を10月末に訪ねました。入口の山門には、幼稚園内の5ヶ所で測った放射線量が掲示され、数日おきに更新されています。最近、圧縮空気の力で落ち葉を吹き飛ばしながら集める機械を導入しました。毎朝、園庭や通園路に積もっている落ち葉を集めるためのものです。集めた落ち葉は、市の焼却施設に自分たちで運びます。もちろん落ち葉に着いた放射能は、焼却灰に濃縮して残るでしょう。しかし、子どもたちがいる場所から少しでも離すしか方法はないのです。
 幼稚園の屋根を、高圧洗浄機で洗い流していました。もう何度も何度も洗ったそうです。しかし、あるレベルからはなかなか放射線量が下がりません。「塗料がハゲて錆びた所に放射能が付着すると、洗っても洗っても落ちないんです。屋根の葺き替えが必要かも知れません」。長い闘いが続いています。
 二本松市では、多くの家の庭先に柿の木が植わっています。今年は「豊作年」に当たり、どの木にも夕焼け色に熟した実が、たわわに実っています。しかし、その柿を誰も採ろうとしません。
 「柿の実をシンチレーションカウンターで測定すると、100ベクレルなんだよ。この辺では干柿づくりが盛んなんだけど、干柿にすると800ベクレルぐらいになっちゃう」、という答えが返ってきました。
 今日は土曜日です。友人の4人の子どもたちも家にいます。外には、秋晴れの清々しい光がそそいでいますが、子どもたちは外へ出ようとしません。居間では、じゃれ合っているうちに兄弟ケンカが始まりました。1才の末息子は泣き叫んで母親にすがります。放射能が子どもたち、大人たちを重苦しく包んでいます。
 「夏のサマーキャンプの後、数家族が県外へ避難しました。みんな避難して、幼稚園が閉鎖になるのが、本当はいいんです」、幼稚園を経営する友人の言葉です。
 南相馬市にある警戒区域(原発から20km圏内で立入り禁止)境界線まで行きました。そこの線量より、二本松市・郡山市・福島市の線量の方が何倍も高いのに、行政は何故子どもたちを避難させないのでしょう?わたしには、たった一つの答えしか見つかりません。その答えは、「子供の数が多過ぎるから」。
 同朋幼稚園では、この冬休みに愛知県でのキャンプを予定しています。また、自分たちの食べるものの放射線量を自分たち自信で測るためのシンチレーションカウンターを二本松市岳温泉に設置しました。放射線問題に取り組むNPO法人の認可申請中です。
 友人・知人の皆様、今後とも引き続きご支援をお願いします。
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2011年09月16日

脱原発で人と自然にやさしい日本社会を…

DSCN2380.jpgタイトル表示の「垂れ幕」を社屋の壁に掲げた会社を訪問しました。社長さんとは古いお付き合いで親しくさせて戴いている。この件で、社内では時間をかけて検討した上で、この文言にしたそうです。声高に言うつもりは無いが、事なかれ主義がまかり通る風潮に”水を差す”とも仰っておられた。私は、率直にその勇気に対して敬意を申し上げました。※参考→(株)りんゆう観光ブログ

3.11以来、半年が経過、被災地の再興、再生を掲げたニュース報道がなされています。
しかし、岩手県から福島県に至る地域では今も7万人を越す人が故郷を離れて避難を余儀なくされている現実があります。原発から放出された放射能がいつ除染・解消されるのか、汚染濃度の高低に拘わらず人の体にどんな影響を及ぼすのか?人間は得てして得体の知れない恐れには、目を塞いで出来れば見たくない、忘れてしまいたいと事実・真実から目を逸らそうする。震災発生当時、盛んに言われた「国難」という言葉が最近言われなくなったように思います。
あれだけの大事故を起こし、冷温停止から最終処理まで何十年もの年月がかかることがハッキリしております。汚染されてしまった地域での除染が始まったところもありますが、完全に除去することはかなり困難のようです。かかる費用も膨大なものなると言われ、財政再建が急がれている我が国がそれの負担に耐えられるのかも心配です。年間許容被曝線量が従来は1ミリシーベルトだったものが、なし崩し的に20ミリシーベルトに引き上げられようとしております。外部被曝とともに内部被曝問題がいわれておりますが、最近、牛乳からも検出されていることが分かってきました。学校給食で使われている食材の安全性についての基準も怪しいとされています。未来を託する幼児や子供たち、そして若い世代へは最高レベルの安全な食物が保証されなければならない。

1965年、我が国で商業用原子炉が稼働して以来、原発反対派と推進派の論争は、まるでイデオロギーの具の扱いで行われてきたことが今日の悲劇を生んだのではないだろうか。福島原発事故が発生した頃、連日マスコミに出演していた、所謂推進派の学者(ご用学者)は、全く顔を見ることが無くなった。この夏は供給電力不足が吹聴されたが東電に関しては、稼働中の柏崎刈羽発電所の5号機と6号機を除くと稼働していないにも拘わらず、企業や一般家庭での節電効果もあって、かなり供給に余裕があったこともハッキリした。(東電は揚水発電の数字を公表していなかった)
わが国の原発54基のうち、大震災で停止中の14基と点検・故障で停止中の25基を除くと、8月末時点で、全国で稼働している原発は15基にすぎない。さらに、これからスケジュールどおり逐次停止がおこなわれていけば、来年(2012年)5月には、稼働原発はほぼゼロになる。原発は即刻停止・廃止したとしても、廃棄物の処理が出来ない施設は「トイレの無いマンション」と言われているし、廃炉には何十年もかかるから原発の研究は今後も続けて貰わなければならない。

我が国の「エネルギー基本計画」は経産相の諮問機関「総合資源エネルギー調査会」で検討・審議される。この調査会を構成する委員が圧倒的に推進派が多いものを(15人中、12人、反対派は3人)、野田総理や枝野経産相は見直す意向のようだが、果たしてバランスのとれた構成とすることが出来るか…。我が国の電力事業では「発送電の分離」の必要性も言われているが、現在のところこの調査会での素案には載ってはいないようである。

18日付け北海道新聞朝刊、「卓上四季」に作家 永井荷風のことが紹介されているが、中で彼の日記 「断腸亭日乗」に、<元来日本人には理想なく強きものに従い、その日その日を気楽に送ることを第1となす>と記してあったことが紹介されていました。これに対して自信を持って反論できるだろうかと結んでいる。「事なかれ主義」→「思考停止」の愚は避けたいものだ。

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2011年09月11日

NHK番組【マイケル・サンデル 究極の選択「震災復興 誰が金を払うのか】

10日、夜9時からNHKで放映されたタイトルの番組を途中までではありましたが、日本(東京大学)・中国(復担大学)・アメリカ(ハーバード大学)の若い知性に挑むマイケル・サンデル教授の彼らに問いかける難題に如何に答えるのか興味津々観ました。
何せ夜は苦手の私ですので9時半頃までが限界でしたが、震災の復興は誰が負担をするのか?公正な負担とは何か?、原発の被害に対しての保証は誰がすべきか?率直に感じたのは我が東大の学生の発言が一番切れが悪い発言が多かったのは残念でした。
それと比較すると中国復担大学・ハーバード大の学生はそれぞれにお国柄もあるかと思うが一応に切れが良かったのは印象的であった。
放映中、飛び込んできた鉢呂経産大臣の突然の辞任のニュースは、何ともお粗末極まりない。就任から9日、何とも不謹慎な発言をしたもんだ。震災直後に石原東京都知事の発言も問題になったが、レベルは同じ程度の誠に低次元の情けないことではある。
平野復興相も出演して被災地の状況を見ながら、政府の対応策を話していたが、現地の考えとは大きいな齟齬があるような気がしてならない。私自身は大臣の発言を否定するものでは無いし、理解出来る面もあるのだが、真の復興とは再生とは如何にあるべきか?100年先を見通して國の安全・安心は如何にあるべきなのか?強いリーダーシップが必要なんだろうと思われてならない。

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2011年08月31日

医師 方波見康雄さん「いのちのメッセージ」

同友会に入会して間もない頃に感銘を受けた一人でもある方波見康雄さんは、1926年生まれだから80歳はとうに過ぎているが、現在も奈井江町で現役の医師として地域で活躍されておられる。
以下の文章は31日付けの道新朝刊に掲載された記事からの抜粋です。

 気仙地区のがれきの撤去が8月に入ってようやく進み、更地みたいになったという。市民の方々にとって、生活再建の一歩ともなっているだろう。しかし一方で、がれきについて地域の人々の心境は複雑だろう。がれきに心があればどう思うだろう、などと想像してみた。
 他人、つまりわたしたちはこともなげに「がれき」とひとくくりに呼び捨てる。辞書にも「がれき・瓦礫とは「瓦と小石、価値の無いもののたとえ」などとの注釈がある。だが被災地の当事者にとっては、本当にそうなのだろうか。
 被災地 陸前高田生まれの旧友から手紙をもらった中に、66年前の8月に経験した人間として、被災地の瓦礫の現状は、あの焼け野原の光景と記憶と重なる。大空襲とヒロシマ、ナガサキの生き残りとして記憶を語り継ぐ証人として、「ガレキ」は、ただの石ころとは違う。どれもが街角の賑わいや人の行き交う足音を刻み、人々の活気に満ちた日常を記憶に宿している。
ガレキは撤去されなければならない。だがその無数の断片に刻まれた声無き慟哭に耳を傾けたい。それはそのまま、被災者、被災地の悲しみであり、再生と復興の真実の人間的拠点は、ここにある…、 以下詳細は、→北海道新聞8月31日朝刊

福島原発から20km範囲内に住んでいて、避難地域に指定されて故郷から遠く離れて住む人々にとって「復興・再生」と言葉はどんな響きをもって受け止めておられるのだろうか?行き場失った怒りの声が聞こえてきそうです。
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2011年08月15日

放射能汚染地域から「除染急げ」

戦後66年が経過した今年は、別の意味で語り継いで行かなければならない「年」としなければならない。
「震災後」○○年が経過…、というように。でも無いと、とかく忘れやすい(嫌なことからは目を逸らす)のが人間。
太平洋戦争では300万人を超す人が犠牲になり国土は焼土と化した。3月11日、震災が起きる直前まで、まさかあのような大地震と津波、そして原発の破壊と放射能の拡散は、だれも想像をしていなかった。
戦争はまさに「人災そのもの」は誰も否定出来ないが、津波と原発事故は、それを防ぐ手立ては現在の我が国の科学技術をもってすれば防ぐことは可能であったかも知れないと、多くの識者が語っている。
今日は、そんな2つの事を考える日にしたい。
 終戦の日/戦後の歩み見つめ直そう (神戸新聞8月14日社説から抜粋)
  戦後日本が歩んできた道はこれで良かったのだろうか。66回目を迎える「終戦の日」を前に、その思いを強くする。

 16年前の阪神・淡路大震災のときと同様、東日本大震災は社会が抱える断面を浮き彫りにした。過疎と高齢化が急速に進む東北の町を、大地震と大津波、原発事故が一度に襲ったのである。
 かつて「鉄の町」として栄えた岩手県釜石市も大きな被害を受けた。ピーク時、約8万7千人の人口は、この50年で半減した。今回の大津波では1180人の死者・不明者を出した。
 軍需都市だった釜石は戦争末期、本州で初めて艦砲射撃を受けたことで知られる。町は焦土と化し、約750人の命が奪われた。戦災資料館が昨年夏に開設されたが、それも波にさらわれた。

 多くの人命とともに町も戦災の記憶も失われた。「66年前に戻った」。いま地元でよく聞かれる言葉だ……、以下略 詳細は→神戸新聞8月14日社説
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以下は、毎日新聞 2011年8月7日掲載記事から転載ですが紹介します。

放射線:「除染急げ」 東京大アイソトープ総合センター長 児玉龍彦氏
 「7万人が自宅を離れてさまよっている時に、国会は一体何をやっているのですか!」。東京大アイソトープ総合センター長の児玉龍彦さん(58)が7月27日、衆議院厚生労働委員会で国の放射線対策を厳しく批判したことが反響を呼んでいる。がん治療薬開発のかたわら、「行動する研究者」として福島県南相馬市で除染活動を続ける児玉さんに、政府がなすべきことを聞いた。【聞き手・毎日新聞 青野由利論説委員】

Q.今回の汚染はこれまでの考え方では対応できないと指摘していましたね。
A.私たちの推計では、福島第1原発からの放射性物質の放出量はウランに換算して広島原爆20個分に上ります。しかも、原爆に比べて放射線の減り方が遅い。少量の汚染ならその場の線量を考えればいい。でも、総量が膨大な場合、粒子の拡散を考える必要があります。これは「非線形」という難しい科学になり、予測がつかない場所で濃縮が起きる。だから、稲わらによる牛肉のセシウム汚染や、お茶、腐葉土の汚染といった問題が次々出てくる。

Q.食品の汚染にどう対応すればいいですか。
A.最先端技術を使えば、たくさんの食品の汚染を一度に画像で判定できます。こうした分野で日本の技術は世界一です。メーカーに聞くと3カ月でできるという。それなのに政府は何の対策も打っていない。これから、コメや海産物の問題も出てくるでしょう。食の安全を支えるために、最新の測定装置を緊急に開発し、各自治体に多数並べ、流れ作業で検知するといった対策が必要です。

Q.
子どもがいる人は家の周りや学校の放射線にも不安を抱えています。
A.被災地のすべての自治体に「測定すぐやる課」と「コールセンター」を置くことを提案します。電話を受けたら、20〜30分でいいから、家の周りや子どもが行く場所を一緒に見て回る。線量が高い場所はパッパと除染する。南相馬では、子どもだけを避難させ、家族がばらばらになっている人たちがいますが、海側などでは線量が低く、子どもがいても大丈夫な所はある。それをきちんと見て、緊急避難的な除染は「すぐやる課」が手伝うことです。
以下詳細は→毎日新聞「サイエンス」2011年8月7日掲載記事
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2011年07月29日

放射線の健康への影響

7月29日(午後6:45〜7:00)放映のNHK北海道、「ネットワークニュース北海道」のなかで、マシオン恵美香さんが、福島原発から漏れ出した放射能汚染地域に住むこども達は、外で遊ぶこともままならない現状を見て、福島県や、その近隣の関東圏から母子や児童を招待し、久しぶりに屋外で元気いっぱい遊びに興ずるこども達の様子が紹介されていました。
ブログ「被災地支援ネットワーク釧路、事務局長でもある彼女ですが、ブログの最後に、彼女は"これまでのような所謂「気持ち」の支援ではなく、少し踏み込んだ実践的な優しさや、持続する粘り強さが求められていると実感しています。つまりは、「実のある支援」です。"とも書いてあります。震災被災は地震、津波、そして原発と多岐にわたっています。求められている支援も色々なものがありそうですが、特に原発に関しては今後、収束するには何十年もかかる(もしかしたら永久に元の場所には戻れない)、先祖代々受け継がれてきた土地を放棄して、新天地での再起が必要なのかも…。原発に近い地域の悲惨な様子もネット上では公開されております。(アルピニスト 野口 健さんのブログなど)

上記、ブログのなかで2011年7月27日 (水) 衆議院厚生労働委員会の模様がYoutubeで公開されておりましたので紹介します。、低線量被曝が及ぼす健康への影響について、まさに驚愕の報告です!
参考人:児玉龍彦( 東京大学先端科学技術研究センター教授 東京大学アイソトープ総合センター長)は、我が国の国会の怠慢に対して「満身から込み上げる怒り」を込めて発言されております衆議院厚生労働委員会→我が国の原発対応に満身の怒り:児玉龍彦氏(Youtube)でしたが何故か既に削除されておりまのでよりご覧戴きたいと思います。(30日までは見ることが出来た)
公式サイト→衆議院厚生労働委員会ビデオライブラリーで公開されております。
上記、同教授の発言を文書に起こしたものがあります。→児玉教授の発言(PDF)(5頁)
児玉教授レジュメ(31頁)

※海外メディアでは、早くから福島原発の情報公開に関して政府の怠慢と無責任体質を批判する報道がされていました。
参考:オーストラリアABC[Late Line] (2011/6/10 upload)
追記(31日):
北京発「時事通信」の記事ではのことが載ってます。
中国国家海洋局は30日までに、福島県沖の海水から中国近海の300倍を超える放射性物質セシウム137を検出したと発表した。ストロンチウム90は10倍を超えたほか、セシウム134も検出。「福島県の東から東南方向の西太平洋は明らかに原発事故の影響を受けている」としている。 同局は福島第1原発事故の海洋への放射能汚染状況を調査するため、6月16日から7月4日まで海洋観測船を派遣。大気と海水、海洋生物のデータやサンプルを採取した。中国が観測結果を公表するのは初めて。同海域の大気には異常はなかったという。

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2011年06月21日

心機一転

 明治初期に本州各地から入植した開拓団の幾多の苦労のお陰で今日に至った北海道、食料の供給地としての農業はじめ漁業、石炭など鉱業などの一次産業が国の経済の下支えをしてきた。
 その後、国の様々な政策の変更でその基盤が揺らいでいる。今や国からの公共事業による投資予算は毎年減っており、全盛期の半分にも落ち込んでいる。札幌を中心に道央地区は消費都市として流通を担う3次産業が経済を支えている。
 反面、明治以来100年を経過しても製造業などの「もの作り」を担う2次産業に関しては一部を除いては弱い。
 3月11日、三陸沖を震源に東日本一帯を襲った大地震と津波は未曾有の被害を及ぼし、東京電力福島第1原子力発電所の破壊で撒き散らされた放射性物質は、福島県を中心に計り知れない影響を与えている。「原発の安全停止、汚染状況の調査、損害賠償、汚染土壌の除去」等々、いつ収束するのかもはっきりしていない。まさに国難である。歴史は後になってから、あの時点が時代のターニングポイントだったと言われることがあるが、世界の先進国の仲間入りしてから久しい我が国のそれは、とっくに過ぎてしまい、今後経済成長は望めないのかもしれない。少子高齢社会が現実のものとなり成熟しきった、衰退の時代の到来をも思わせる。業種・業態を問わずに、この市場から無言の力が働いて「退場」を余儀なくされる企業が続出することを恐れるのは私だけで、そんな戯言には一瞥もくれない力強い企業であって欲しい。
 初めて行った中京地区でしたが、言わずと知れたトヨタ自動車を中核に一大工業地帯ですが、今回の震災で、ひょっとしたら近くには浜岡原発のこともあるので、傘下にある中小企業も含めて企業の分散化(海外も含めて)が始まるかも知れません。そんなことにはならないことを願ってはいますが…。

 今年は私がこの道に入って50年目の節目の年でもあり、自らの歩んできた仕立て屋稼業の人生を振り返ってみようと思い、6月8日〜12日の期間、小旅行を思い立ち、もの作りの現場を見てみたいとの思いに駆られて、我が国の毛織物の発祥の地、愛知県尾西地区一宮市にある、 明治末期に創業、現在は5代目 葛谷幸男氏が代表取締役社長として、そのご長男の葛谷 聰氏が専務として従業員18名で、ションヘル織機と呼ばれている低速織機が稼働している葛利毛織り株式会社をお訪ねした。
 工場に入ると、シャトルが飛び交う心地よい音が聞こえてきます。
工場内は全て板張りの通路となって織機だけは一段低く床下に設置されておりました。技術者が疲れることが少ないという配慮があってのことでした。 手機(てばた)に動力装置を付けただけという織機はウールが本来持っている特質損なうこと無く手織りの風合いを保ち、手触りの柔らかい上質な生地に出来上がっております。
※参考ビデオ:葛利毛織「ションヘル織機」見学は→こちら(12分46秒) 
葛利毛織り工業株式会社公式ページ
 10日 午前中には東京日本橋にあり、私が独立以来40年間取引をしてきた生地問屋の本社を訪問する予定を組み込んであったので約束の時間に訪ねてみると、破産申請中の張り紙が貼られており、その途端私の頭の中は真っ白、30分程の間は何も考えることすら出来ませんでした。人生、色んな出来事に出くわすことは過去にもありましたが、破産申請の現場に立ち会うなどとは夢にも思いませんでした。
 しかしその場に居て、暫くすると落ち着きを取り戻し、先ずその問屋の子会社でもある縫製工場に委託加工を発注しているイージーオーダーの製品を完納させることを管財人と交渉(代理人を立てた)。その後の予定は全てキャンセルし、取り敢えず息子の案内で、銀座、日本橋、築地、新宿、渋谷、墨田区、台東区、江東区ウォーターフロント地区を散策12日に帰ってきました。
 週明け13日からの一週間はやり残した仕事の段取りやオーダーメイド(手縫い)の補正を済ませて職人さんに「職出し」に早朝から走り回りながら、今後の生地や裏地の仕入れ先の開拓・打ち合わせ、目の回るような毎日に忙殺。 出かける前に受・発注したイージーオーダーは17〜18日に、全て納品することが出来ました。(この一週間で5Kg体重減)
 20日、従来からも少ないながらも取引があった岩木株式会社の社長と営業担当の課長と膝を交えて今後の取引について詳細なツメを行い、夕刻帰宅、ようやく一区切りついてほっとしておりますが、心機一転 今年は丁度「古希」を迎えましたが気力だけはまだまだ十分あり一層の精進を自らに誓いました。
お客様各位には従来通りのお引き立てを伏してお願いしたいと思います。
今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げます。
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2011年04月21日

もっとわかる 放射能・放射線

それでも、気になる「放射能・放射線」です。北海道新聞で紹介されていた記事からの紹介です。
北海道大学、北海道科学技術コミュニケーション教育研究部門作成の「もっと、わかる放射能・放射線」を紹介します。
連日、テレビや新聞で報じられ、今まで聞いたことがない言葉が行き交うようになりましたが。ベクレル、シーベルト、放射線ヨウ素、などなど。
わかるようで、でも何かしっくりこない表現も、繰り返し耳にするようになりました。「ただちに健康に影響があるレベルではありません」之も、その一例でしょう…。以下詳細については下記からどうぞ!
詳細は参照→こちら
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